識者 不適切対応防ぐ効果
「残業時間はだいぶ減った」。横浜市瀬谷区の鳩(はと)の森愛の詩(うた)瀬谷保育園の和田みずき主任保育士はノンコンタクトタイム導入の効果を語る。昨年12月初旬、園を訪れると、保育士2人が専用の部屋で記録を付けたり、月ごとの保育計画を練ったりしていた。
園では7年ほど前まで、日中は園児を見守り、夜間に保育の計画や記録、教材の準備をするのが当たり前だった。負担が重く退職する保育士も目立った。働き手の環境が整ってこそ、保育の質を高められるはずだと、働き方を改めた。
今は各クラスで週に一定時間、保育士が園児から離れる時間を設けている。その間は管理職や別のクラスの保育士が受け持つなどし、互いに支え合う意識もできてきた。
「昔はあれもやらなきゃ、これもやらなきゃと仕事に追い立てられていた」と和田さん。「一時的に子どもから離れることで心の余裕ができる」と語る。
こういった取り組みの必要性は、国内でも5年ほど前から指摘されてきた。早朝や夜間を含め1日8時間を超える長時間保育が求められるようになった保育士が、子どもと向き合う中で心と体を擦り減らしているのでは。こんな懸念が、専門家から上がっていた。
全国私立保育連盟(東京)は2018年、全国の保育所やこども園の職員3508人を対象にノンコンタクトタイムが確保されているかを調査。1日で直接子どもと関わらない時間が「0分」と答えたのが39・2%、「平均20分未満」が21・3%だった。「60分以上」は15・2%だった。
今の国の配置基準では、1、2歳児6人を保育士1人で担当するなどとしており、意図しないと仕事中に時間や心理面の余裕は生まれにくいという。施設で保育士だけが過ごすスペースがないといった施設面の状況も、要因として考えられる。
食事の場所を園児と分けるといった、できる範囲で取り組む施設も。岐阜県大垣市の認定こども園・かみいしづこどもの森は、食事を子どもがマナーや社会性を学ぶための重要な時間帯と考え、勤務する保育教諭は配膳と子どもの補助に集中する。
このため保育教諭は別の時間帯に、専用の部屋で昼食を取る。「園児と一緒では食事に集中できず、早く食べなければと焦っていた」と好評だという。互いのクラスの情報交換にも役立っている。保育教諭の加藤絢子さん(26)は「リフレッシュできる」と感謝する。脇淵竜舟(りょうしゅう)園長(47)は「大人も子どもも無理のない生活を過ごしてほしい」と願う。
玉川大の大豆生田(おおまめうだ)啓友教授(保育学)は「保育者が子どもの行動を振り返り、発達や内面の成長を理解して関わるためにノンコンタクトタイムは不可欠な時間」と訴える。各地で問題となっている不適切保育の背景に、保育士が心理的な余裕をなくしている現状があるとの指摘があることを踏まえ、「親でもずっと子どもと一緒に過ごしていれば、いらいらすることがある。1人で複数人を見ている保育士には気持ちや体をリセットするための時間も大切だ」と話す。
長時間勤務や残業など厳しい労働環境が指摘される保育士の働き方を見直そうと、「ノンコンタクトタイム」という考え方に注目が集まっている。勤務中にあえて一定時間、子どもから離れる時間を確保する取り組み。識者も「不適切保育を防ぐ効果がある」と話す。 (藤原啓嗣)
ノンコンタクトタイム
勤務時間中に保育士らが一時的に子どもから離れ、各種の業務に取り組む時間。こういった時間を確保することで、事務作業に集中したり、職員間で情報交換したり、保育を振り返ったりできる。厚生労働省の「保育の現場・職業の魅力向上に関する報告書」は、ノンコンタクトタイム確保について「保育士が仕事のやりがいを実感するのに効果的」と評価している。