脳卒中や事故の後遺症、高齢のため、食べ物をうまくのみ込めない「摂食嚥下(えんげ)障害」。東京医科歯科大大学院の戸原玄(はるか)准教授(48)のグループが、障害に悩む人に外食や旅を楽しんでもらおうと、とろみを付けるなどのみ込みやすい食事を提供できる飲食店をまとめたリストを作り、インターネットに公開している。「あきらめていた外食を家族一緒に楽しめる」と在宅療養の患者に好評だ。
「一つ一つの料理に手がかかっていておいしく、店の雰囲気もいい」。リストの掲載店の一つ、東京都台東区の和食料理店「甚三紅(じんざもみ)」。摂食嚥下障害の患者で、都内に住む白戸洋さん(79)は1月中旬、妻章子(あきこ)さん(78)ら家族3人で外食を楽しんだ。
白戸さんは2018年3月、転倒による急性硬膜下血腫で手術。歩行やのみ込む機能に障害が残り、「口から食べるのは難しい」と胃ろうに。10月に退院後、訪問歯科による嚥下(のみ込み)リハビリを始めた。口を開ける訓練から始め、のみ込む力が復活。昨年8月には軟らかい食事を食べられるまで回復した。
昨秋、旅先で軟らかな芋ようかんを家族と一緒に食べられたことに感激。家族との外食は「特別なこと」といい、甚三紅は歯科医師から紹介された。
同店では、嚥下障害の有無にかかわらず、皆が同じ料理を一緒に食べる。のみ込みやすいように工夫がされており、白戸さんが食べた揚げ出しは魚とホタテをすりつぶし、山芋と卵のつなぎを加えた「真丈(しんじょ)」で作った。わんものはゆでたハマグリをミキサーにかけ、蒸したウニを刻んで作ったはんぺんを使用した。
甚三紅のオーナーで歯科医師の萩野礼子(あやこ)さん(42)によると、患者向けの「嚥下調整食」は見た目が悪く、おいしくないものが多いといい、「一般の人に出す料理と同じ材料・見た目で、おいしく安全に食べられる料理を」と、料理長の石川満さん(38)と研究を重ねた。舌でつぶせる硬さにするのが基本で、患者ののみ込む力に合わせる。香りや温度にもこだわる徹底ぶりで、萩野さんは「おいしく食べられると、リハビリも頑張り、笑顔が増えて体力がつく」と効果を指摘する。
のみ込みやすい食事ができる飲食店のリスト作りは戸原さんが16年から開始。嚥下のリハビリを受けられる医療機関のデータベースを厚生労働省の研究班として14年から作っており、「嚥下障害の患者や家族に外食や旅行を楽しんでほしい」と飲食店を都道府県別のリストに加えた。
リストには現在、東京、愛知、三重など27都道府県の64店舗・施設などが名を連ねる。のみ込む力に応じ、食材や調理の形状を変えるなど可能な対応やバリアフリーかどうかなどを記載。対応できる飲食店が自ら登録する。
患者や家族は事前に店側に連絡。のみ込むことができる食材や料理の軟らかさや形状などを店に伝え、予約して利用する。サイトは寄付金で運営されている。「摂食嚥下関連医療資源マップ」で検索。
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のみ込みやすいように工夫された和食を楽しむ白戸洋さん(左)。右端は妻の章子さん=東京都台東区で
◆高齢社会で高まる関心
嚥下食は、そしゃくやのみ込む力に合わせ、とろみを付けたり、料理や食材を軟らかくしたりするなどした食事。高齢社会を反映して関心が高まっている。
東京都江戸川区では、管理栄養士や和菓子店主が、味や見た目が同じで、のみ込みが難しい人も食べられる和菓子作りに取り組む。自動販売機メーカー「アペックス」などはボタン一つでとろみ付きのコーヒーや紅茶などが出る自販機を開発。一昨年10月から病院や介護施設、役所、デパートなど全国約120カ所に設置した。吉野家は18年11月から、肉やタマネギを軟らかくしてとろみを付けた牛丼と豚丼の店頭販売を大阪府吹田市の「ビエラ岸辺健都店」で始めている。(五十住和樹)
2020年1月23日(木)中日新聞朝刊